世界はあまりにも 公演1週間前
いよいよ、公演まで1週間となった。
紆余曲折があり、内容が日毎に刷新されていく。
一人の女優が死んだ話が、いつしか本の中の出来事となり、
話の舞台は稽古場から、別荘の一室へと変わった。
この大胆な変更に役者たちは戸惑い、
さらに一向に明かされないラストシーンにも苛立ち、
その中で毎日、稽古を重ねている。
一体、どんな物語になるのか。
それをここに克明に書きたいのだが、いろんな意味でそれはまずい。
だからがまんすることにするが、それでも少しだけ、脚本の一部を掲載してしまおう。
寛 貴「ある劇団の女優がね、稽古中に高いところから落ちて死ぬんだけどさ」
宏 美「うん」
寛 貴「自殺か他殺か、わかんないわけ。ま、その女優、劇団員、みんなから恨まれててさ」
宏 美「うん」
寛 貴「誰が殺したと思う?」
宏 美「わかるわけないじゃない」
寛 貴「演出家がさ、怪しい奴でさ」
宏 美「うん」
寛 貴「ほら、ちょっとカルトな集団だから」
宏 美「あ、演出家が犯人てオチ?」
寛 貴「と思わせといて、ちょっと違うんだよな」
宏 美「ちょっとって?」
寛 貴「間接的なんだよ、殺し方が……ていうか、殺すつもりだったわけでもないんだよ」
宏 美「なに、もう。スパッと言って」
寛 貴「なんかこう、特別な稽古をしているうちにね、
俳優たち、個人個人の『根源的な欲求』が、他の誰かに乗り移っていくんだよ」
宏 美「どういうこと?」
寛 貴「たとえばね、裸の自分を見て欲しいっていう根源的欲求がある人間がいるとするだろ。
だけどその人は、それまでの人生の中で、
その欲望を必死に抑える訓練もできているわけさ。
つまり、リミッターがある。だからやたら裸になったりはしない(と脱ごうとする)」
宏 美「やめて」
寛 貴「だけどその欲望が、他の人に乗り移った瞬間、
その受け取った人には欲望を抑えるリミッターが備わってないから、
すぐ裸になっちゃう(と脱ごうとする)」
宏 美「やめてって」
寛 貴「で、その集団の中に、自殺願望を持った人がいたわけだ」
宏 美「それが乗り移って、女優は自殺した」
寛 貴「そう思わせて、まだその先があったんだよ。
その集団の中には、殺人願望を持った人間もいたんだ」
宏 美「・・・」
寛 貴「殺人願望が、誰かに移る。殺人願望を受け取った人間は、リミッターがないから、
その女優を躊躇なく殺してしまった……
役者ってのは、自分じゃない誰かになりたがる傾向がある
根源的欲求も他人に渡し易いし受け易い。
それを利用した、完全犯罪だった……」
宏 美「それ、たぶん、実話」
寛 貴「実話って・・・?」
宏 美「少し前に、なんていったかな、そう、劇団脳細胞とかいう、
ちょっと気持ち悪い名前の劇団でね、同じことが起こったの」
寛 貴「本当に?」
宏 美「犯人も、犯人の動機もわからないまま、次々と劇団員が殺されていって」
寛 貴「すごいな」
宏 美「それを、殺された女優の親友が調べるために潜入していたんだけど」
寛 貴「うんうん」
宏 美「犯人は結局、いちばんおとなしい女優のたまごみたいな子だったってわかるのね」
寛 貴「ああ」
宏 美「でも、その子は殺した犯人だけど、もともと殺人願望を持っていたのは、違ったの」
寛 貴「・・・」
宏 美「それはあなただったのよ、いわたよしおさん」
本当にこんなシーンが出てくるのかどうか。
それは劇場で確かめていただきたい。